
資格の勉強を始めた。最初の3日はやる気があった。1週間後、テキストは机の端に追いやられている。
学校を出た後の勉強は、たいていこうなります。先生もいない、時間割もない、試験の日程も自分で決める。誰にも強制されない学びは、続けること自体がいちばん難しい。
読書猿さんの『独学大全』は、この「続かない」に正面から取り組んだ本です。ギリシア哲学から最新の論文まで、学ぶことに関する知見を55の技法にまとめています。
まず驚くのは厚さです。788ページ。書店で手に取ると、本というより鈍器に近い重さがあります。定価は3,000円を超えます。
ところが著者紹介を読むと、読書猿さんは幼いころから読書が大の苦手で、本を読んでも20分もたずに集中が切れた、と書かれています。この本は、勉強が得意な人が書いた勉強法の本ではありません。続かなかった人が、続けるために集めた技法の本です。
・勉強を始めても、いつも3日から1週間で止まってしまう人
・仕事で新しい分野を調べる必要があるのに、何から手をつければいいかわからない人
・学校を出てから、学び方を誰にも教わってこなかったと感じている人
① 巻末の「独学困りごと索引」を開き、今の自分の悩みに近い項目を1つ探す
② そこで紹介されている技法を1つだけ読む(1つの技法は10ページ前後です)
③ その技法を今日から1週間、試してみる
④ 1週間後、続いたかどうかを確かめて、合わなければ別の技法に替える
最初のページから読み始めないでください。この本は、その読み方をすると挫折するように書かれていません。困ったときに引く辞書です。
1.ポイント:挫折しないための5つの視点
(1)何を学ぶかの前に、なぜ学ぶのかに立ち返る
本書は4部構成ですが、第1部の題は「なぜ学ぶのかに立ち返ろう」です。勉強の方法ではなく、学ぶ理由から始まります。
最初にここを読むと、少し遠回りに感じるかもしれません。早く効率のいい勉強法を知りたいのに、と。
でも、独学が止まる理由の多くは、方法の問題ではありません。なぜそれを学びたいのかが曖昧になったとき、人は手を止めます。最初の技法「学びの動機付けマップ」は、自分が何のために学ぼうとしているのかを書き出して、見える形にする方法です。続かなくなったときに戻ってくる場所を、先に作っておくわけです。

(2)重い腰は、2分だけ動かす
技法5の「2ミニッツ・スターター」は、本書の中でもいちばん今日から使える技法だと思います。
やる気が出ないときは、2分だけやる。テキストを開く、1問だけ解く、1ページだけ読む。2分たったら、やめてもいい。
いったん手をつけると、意外とそのまま続けられることが多い。やる気は、始める前に出てくるものではなく、始めたあとに追いついてくるものだからです。腰が重いのは、始める前の自分が、作業を実際より大きく見積もっているせいでもあります。

(3)計画を100分の1に縮めて、先に一通りやってみる
技法4の「1/100プランニング」は、壮大な計画を立てる前に、その計画を100分の1の大きさに縮めて、最初から最後まで一度やってみる方法です。
たとえば半年で問題集を1冊終える計画なら、各章の最初の1問だけを、今日のうちに全部解いてみる。すると、どの章が難しくて、どこに時間がかかりそうかが、計画を立てる前にわかります。
完璧な計画を立てて、3日目で崩れる。独学ではよくあることですが、この技法はその失敗を最初に小さく済ませてしまいます。

(4)学んだことを、記録に残す
技法12の「ラーニングログ」は、いつ、何を、どれだけ学んだかを書き残していく方法です。技法6の「行動記録表」と組み合わせると、自分の時間が実際に何に使われているかも見えてきます。
独学には、成長を確かめてくれる人がいません。先生もいなければ、通知表もない。だから自分で記録をつけておかないと、進んでいるのか止まっているのかすらわからなくなります。
記録が積み上がると、それ自体が「ここまでやってきた」という支えになります。続ける理由を、外から与えられない独学者にとって、記録は自分で作る通知表です。

(5)1冊の本の読み方にも、選択肢がある
第3部には、読み方の技法だけで10種類以上が並んでいます。ぱらぱらめくる「転読」、必要な箇所だけすくい取る「掬読」、問いを立ててから読む「問読」、時間を区切って読む「限読」。音読、指でなぞって読む指読、書き写す筆写まであります。
本は最初から最後まで順番に読むもの、と思い込んでいると、厚い本の前で立ち止まってしまいます。目的によって読み方を変えていい。そう知っているだけで、読書の負担はかなり軽くなります。
ちなみに、この『独学大全』自体を読むときにも、ここに並んだ技法がそのまま使えます。

2.必要な準備
特になし
・本書(『独学大全』読書猿著、ダイヤモンド社)。重さが気になるなら電子書籍版もあります
・ノートかメモアプリ。ラーニングログや動機付けマップを書くのに使います
こちらの書籍は全部読む必要はありません。レビューを見ても、「厚さに圧倒された」「辞書のように、知りたいときに知りたい部分だけ見るのがいい」という声が目立ちます。巻末の「独学困りごと索引」から、今の悩みに合う技法を引く。この使い方が、この本の正しい読み方だと思います。
正直に書くと、「学者寄りすぎる」と感じた人もいます。第2部の資料の探し方などは、図書館の分類や論文の調べ方まで踏み込んでいて、仕事のちょっとした勉強には本格的すぎるかもしれません。合わない部分は、飛ばしてかまいません。
各章の冒頭にある「無知くん」と「親父さん」の対話は、肩の力が抜けた読み物になっています。買う前に書店でここだけ立ち読みしてみると、自分に合う本かどうかがわかると思います。
3.参考例:独学のつまずきに、技法を当ててみる
例1:資格の勉強が、いつも1週間で止まるとき
独学大全の視点からの問いかけ
まず「止まったあと、再開するための仕組みはあるか」を考えてください。1日休むこと自体は問題ではありません。問題は、休んだあとに戻ってこられないことです。
戻るきっかけには、2ミニッツ・スターターが使えます。テキストを開いて、2分だけやる。それで再開したことにする。
もう1つは「最初の計画が大きすぎなかったか」。1/100プランニングで全体を一度小さく回してみると、毎日のノルマが現実的な量かどうかがわかります。続かない計画は、意志の弱さではなく、設計の問題であることが多いです。

例2:仕事で、まったく知らない分野を調べることになったとき
独学大全の視点からの問いかけ
「いきなり検索から始めていないか」を確認してください。本書の第2部では、知らない分野を調べるときの順番が示されています。事典で全体像をつかみ、教科書で基本を固め、書誌(その分野の文献リスト)で次に読むものを探す。

検索は、何を探せばいいかがわかってから効く道具です。全体像がないまま検索すると、情報の海で溺れます。技法19の「検索語みがき」は、調べながら検索に使う言葉そのものを良くしていく方法で、事典や教科書で覚えた用語がここで役に立ちます。
4.まとめ:学びは、学校を出たあとのほうが長い
学校で過ごす時間は、長くても20年ほどです。そのあとの人生のほうが、ずっと長い。にもかかわらず、学校を出てからの学び方を、私たちはほとんど教わっていません。
『独学大全』は、その空白を埋めようとした本です。788ページという厚さは、それだけ多くの人が、多くの場所でつまずいてきたことの裏返しでもあります。続かない、時間がない、何を読めばいいかわからない、読んでも頭に入らない。どの悩みにも、どこかの章に答えの候補が書いてあります。
全部を読む必要はありません。今の自分の困りごとに合う技法を1つ選んで、1週間だけ試してみる。合わなければ、別の技法に替えればいい。55もあるのだから、どれか1つは合うはずです。
20分で集中が切れる子どもだった人が、788ページの本を書いた。それ自体が、この本のいちばんの説得力かもしれません。

この記事を探求できるおすすめ書籍5選
『使える脳の鍛え方』ピーター・ブラウンほか
認知心理学の研究をもとに、本当に身につく学習法を解説した本です。何度も読み返す、蛍光ペンで線を引くといった定番の勉強法が、実はあまり効果がないことを研究結果で示しています。『独学大全』が55の技法を幅広く並べた本だとすれば、こちらは「記憶に残る学び方」に絞って、なぜ効くのかを掘り下げた本です。
『知的生産の技術』梅棹忠夫
1969年に出た、日本の知的生産術の古典です。民族学者の梅棹忠夫さんが、情報をカードに書き出して整理する方法や、日記や手紙の書き方まで、知的な作業の道具立てを紹介しています。『独学大全』の技法の多くが、この本の延長線上にあると感じます。半世紀以上前の本ですが、デジタルの時代に読むと、かえって道具の本質が見えてきます。
『独学の技法』山口周
経営コンサルタントの山口周さんが、ビジネスパーソンのための独学法をまとめた本です。『独学大全』と同じ出版社から出ていますが、こちらは300ページほどで、仕事に役立てることに焦点が絞られています。788ページに怯んだ方は、こちらから読むのも一つの手です。インプットした知識をどう仕事の成果につなげるか、という視点が強いのが特徴です。
『アイデアのつくり方』ジェームス・W・ヤング
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせである、と説いた古典です。アイデアを生む第一段階として、課題に直接関係する資料と、幅広い一般資料の両方を集めることが強調されています。『独学大全』の第2部で学ぶ資料の探し方は、この第一段階を支える技術と言えます。学んだことを何かを生み出す力に変えたい方に。
『メモの魔力』前田裕二
SHOWROOM代表の前田裕二さんが、メモを使った思考法を紹介した本です。気づいたことを書き留め、そこから本質を抜き出して、別の場面に転用する。『独学大全』のラーニングログや、学んだことを記録する技法を、日々のメモの習慣に落とし込みたい方に向いています。
参考文献
読書猿『独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』ダイヤモンド社(2020年)
少くして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず。
(若いときに学べば、大人になって何かを成し遂げられる。大人になって学べば、年をとっても衰えない。年をとって学べば、死んでもその名は朽ちない。)
佐藤一斎









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