
新入社員の頃、「最低3年は続けなさい」と言われた人は多いと思います。私も言われました。飽きっぽいのは根性がないからだ、と。
堀江貴文さんの『多動力』は、その常識を正面から否定する本です。1つの仕事をコツコツ続けることに価値があったのは、モノが不足していた時代の話。今は違う、と。次から次へと自分がやりたいことに飛び移っていく力こそが、これからの時代に必要になる。それが「多動力」です。
読んでいて気持ちがいい本ではありません。「電話をかけてくる人とは仕事をするな」「バランスを取ろうとするな」と、かなり乱暴な言い方が続きます。反発を感じる人もいるはずです。ただ、その乱暴さの奥には一貫した理屈があって、そこを掴むと見え方が変わってきます。
・今の仕事を続けるべきか、動くべきか迷っている人
・やりたいことが複数あって、絞らなければと思い込んでいる人
・完璧に準備してからでないと動き出せず、いつも機を逃している人
① 今やっている仕事のうち、自分がやらなくてもいいものを3つ書き出す
② そのうち1つを、今週中に人に任せるかやめてみる
③ ずっと気になっていたのに手をつけていないことを、準備が整う前に始めてみる
④ 1か月後、①で空いた時間が何に変わったかを確認する
1.ポイント:一つを極めるより、掛け算で希少になる
(1)「100人に1人」を3つ持てば、100万人に1人になれる
本書の中で最も具体的で、実用的なのがこの考え方です。もともとは教育者の藤原和博さんが提唱したもので、堀江さんはそれを引いて説明しています。
ある分野で100人に1人になるのは、それほど難しくありません。1万時間かければ到達できる、というのが藤原さんの見立てです。ところが1万人に1人、100万人に1人となると話が違ってきます。オリンピック選手のレベルです。
そこで発想を変える。100人に1人の分野を3つ持つ。すると100×100×100で100万分の1の希少性が生まれます。
営業ができて、経理がわかって、SNSの運用に強い人。1つ1つは特別ではなくても、3つ揃った人はほとんどいません。1つを究極まで極めるより、こちらのほうが現実的です。
(2)「石の上にも三年」が意味を持たない理由
3年我慢しろという言葉が力を持っていたのは、技術の習得に時間がかかる時代だったからです。職人の世界なら今も通用します。
ただ、変化の速い分野では3年でルールごと変わります。3年かけて覚えた方法が、覚え終わった頃には使えなくなっている。堀江さんが否定しているのは忍耐そのものではなく、「意味のない我慢を美徳とする空気」のほうです。
ここを取り違えると、この本はただの無責任な煽りに見えてしまいます。

(3)ハマって、飽きたら次へ行く
多動力の核にあるのは「ハマる力」です。興味を持ったことに、他のことが目に入らなくなるくらい没頭する。そして飽きたら、罪悪感を持たずに次へ移る。
飽きるのは悪いことだと教えられてきた人には、抵抗があるところだと思います。堀江さんは逆に見ています。飽きたということは、その領域から得られるものを取り終えたということ。だったら次の獲物を探しに行くのが自然だ、と。
猿のように夢中になって、鳩のように軽やかに飛び立つ。本書ではそういう表現をしています。

(4)見切り発車でいい
準備が9割整うまで動かない人と、3割で動き出す人。堀江さんが評価するのは後者です。
理由は単純で、やってみないとわからないことのほうが圧倒的に多いからです。完璧な計画を立てても、走り出した瞬間に前提が崩れる。それなら早く走り出して、走りながら直したほうが速い。
失敗のコストが小さいことに関しては、この考え方は正しいと思います。ブログを始める、副業を試す、勉強会に顔を出す。この程度のことに慎重になる必要はありません。
一方で、住宅ローンや退職のように取り返しがつかない決断まで見切り発車でやると、当然ながら痛い目を見ます。本書はそこを区別して書いていないので、読む側で線を引く必要があります。
(5)自分の時間を、他人に明け渡さない
『多動力』でいちばん実践しやすいのが、時間の話です。
電話は相手の都合で自分の時間を奪う道具だから出るな、というのが堀江さんの主張です。極端に聞こえますが、言いたいのは「自分の集中を、他人の都合で中断させるな」ということでしょう。会議、メール、通知。仕事の時間の多くは、誰かの都合に反応することで消えていきます。
3つの肩書きを持とうにも、自分の裁量で動かせる時間がなければ何も始まりません。多動力の前提は、時間の主導権を握ることです。

2.必要な準備
・紙とペン(やらなくていいことを書き出すのに使います)
・「今やっていることを一部やめる」という覚悟
多動力は足し算ではなく、引き算から始まります。何かを手放さないと、新しいことに使う時間は生まれません。
3.参考例:動けない自分をどう動かすか
例1:今の仕事を続けるべきか迷っているとき
7年目、仕事は一通りできる。評価も悪くない。ただ、この先10年同じことをやっている自分が想像できて、なんとなく息苦しい。よくある状況だと思います。
多動力の視点からの問いかけ
「あと3年やったら、何が新しく身につくか」を書き出してみてください。具体的に書けるなら残る意味があります。書けないなら、その3年で得られるのは年齢だけです。
もう1つ。「今の職場で身につけたスキルは、他のどんな分野と掛け合わせられるか」。転職とは限りません。今の仕事を続けながら、2つ目の軸を作る道もあります。

例2:やりたいことが多すぎて、どれも進まないとき
副業も気になる、資格も取りたい、ブログも書きたい。手を広げた結果、どれも中途半端になっている。多動力を誤解すると、この状態に陥ります。
多動力の視点からの問いかけ
堀江さんが言っているのは「同時に全部やれ」ではありません。1つのことに猿のようにハマって、飽きたら次へ移れ、です。順番にハマるのであって、並行して薄くやるのとは違います。
今いちばん興味があるものを1つ選んで、しばらくそれだけに没頭してみてください。他のものは消えません。飽きた頃に、まだ残っていたら手をつければいい話です。

4.まとめ:合わない部分は、遠慮なく捨てていい
『多動力』は、読む人を選ぶ本です。堀江さんの書き方は断定的で、反論を許さない調子があります。「電話に出るな」を額面通り受け取れば、多くの職場では通用しません。
それでも読む価値があるのは、100人に1人を3つ掛け合わせるという考え方と、時間の主導権を取り戻すという2つが、立場を問わず使えるからです。この2つだけ持ち帰れば十分だと思います。
逆に言えば、残りは合わなければ捨てていい。全部を受け入れる必要はありません。著者自身が「バランスを取るな」と言っている本を、律儀に全部実践しようとするのは、それこそ本末転倒です。
1つのことを長く続けてきた人ほど、この本には抵抗を感じるはずです。その抵抗は、たぶん正しい反応です。抵抗を感じたうえで、それでも1つだけ動かせそうなことを見つける。この本の使い方としては、そのくらいが現実的だと思います。

この記事を探求できるおすすめ書籍5選
『必ず食える1%の人になる方法』藤原和博
『多動力』で引かれている「100人に1人を3つ掛け合わせる」という考え方の、大元にあたる本です。リクルート出身で、東京都で初の民間人校長を務めた藤原和博さんが、これからの時代に食べていける人の条件を7つの視点から整理しています。堀江さんの本が勢いで押してくるのに対して、こちらは冷静で具体的です。掛け算の理論に惹かれた方は、こちらまで読むと納得感が違ってきます。
『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン
『多動力』とは正反対の主張をしている本です。より少なく、しかしより良く。本当に重要なことだけに時間とエネルギーを集中させる技術を説いています。2冊を並べて読むと矛盾しているようですが、実は同じことを言っている部分があります。どちらも「何かを手放せ」という点では一致しているからです。動き回るための引き算をどう実行するか、その具体的な方法はこちらのほうが詳しく書かれています。
『自分の時間を取り戻そう』ちきりん
生産性という言葉を、働く時間を減らすという視点から捉え直した本です。忙しさに追われている4人の登場人物が出てきて、それぞれがどこで時間を失っているかを解きほぐしていきます。『多動力』が「時間を他人に渡すな」と言い放つのに対して、こちらは「ではどうやって取り戻すか」を手順で示してくれます。電話に出るなと言われても実行できなかった人に向いています。
『やり抜く力 GRIT』アンジェラ・ダックワース
才能より情熱と粘り強さが人を遠くへ連れていく、という研究をまとめた本です。飽きたら次へ行けという『多動力』とは、真っ向から対立します。どちらが正しいという話ではなく、対象によって答えが変わるだけです。極める価値のあるものと、さっさと見切るべきもの。その線引きを自分で判断できるようになるために、両方の主張を知っておくと役に立ちます。読み比べると、自分がどちらに傾きやすい性格かも見えてきます。
『ゼロ』堀江貴文
同じ著者が、まったく違う調子で書いた本です。刑務所での服役を経て、何もない状態から小さな1を足していく過程を振り返っています。『多動力』の断定的な語り口が苦手だった人でも、こちらは読めるはずです。働くことの意味を正面から書いていて、堀江さんという人の別の面が見えてきます。多動力の背景にあるものを知りたい方に。
参考文献
堀江貴文『多動力』幻冬舎(2017年)
サルのようにハマり、ハトのように飛び立て。
堀江貴文









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