トレーラー紹介
1961年のアメリカ。NASAのラングレー研究所には、ロケットの軌道を手計算で確かめる黒人女性たちがいました。研究所のあるバージニア州では、バスの座席も水飲み場もトイレも、白人用と有色人種用に分けられていた時代です。映画『ドリーム』は、そこで働いたキャサリン、ドロシー、メアリーの3人を描いた実話ベースの作品です。IBMの大型コンピュータがやってきたとき、計算を仕事にしていた人たちは何をしたのか。いま観ると、宇宙開発の話だけでは終わりません。

レビュー
※この記事はストーリーの流れや重要な展開への言及を含みます。まっさらな状態で観たい方は、鑑賞後にお読みください。
主人公は3人います。数学の天才キャサリンは、白人男性ばかりの宇宙特別研究本部に配属されます。ドロシーは計算手のグループをまとめていますが、管理職の肩書きはもらえません。メアリーは技術者を目指しているのに、必要な講座は白人専用の学校でしか受けられません。
題材は重いのに、観たあとの印象は明るいです。音楽が軽快で、3人の会話にはユーモアがあります。日本の映画評でも、爽快なサクセスストーリーとして紹介されています。
私がこの映画を学びの記事で取り上げたかったのは、ドロシーがいたからです。自分たちの仕事をなくすかもしれない機械が、建物に運び込まれる。そのとき彼女は、機械の動かし方を学びはじめます。
一方で、この映画には史実と違う場面がかなりあります。特に感動的な場面ほど、作られたものが混ざっています。そこは次の章で書きます。それを知ったうえで、私はこの映画を勧めます。
映画の背景を読む
(1)「コンピュータ」は、もともと人の仕事の名前だった
この映画で最初に覚えておきたいのは、「コンピュータ」という言葉です。当時のNASAでは、機械だけでなく、計算を担当する人のこともこう呼んでいました。日本語では「計算手」と訳されています。
原作によると、ラングレーの研究所は戦時中の人手不足をきっかけに、黒人女性を計算手として雇うようになりました。ドロシー・ヴォーンが採用されたのは1943年12月です。黒人の計算手たちは「ウエスト・コンピューティング」という別のグループにまとめられていました。
つまり、この映画に出てくる「コンピュータ」には2つの意味があります。人間のコンピュータと、IBMのコンピュータです。後者が前者の仕事を置きかえていく。その入れ替わりの現場を描いている点が、宇宙開発ものの中でもこの作品を珍しいものにしています。

(2)IBMが動き出す前に、FORTRANを覚えたドロシー
映画のドロシーは、IBMの大型コンピュータが導入されると知って、プログラミング言語のFORTRANを学びはじめます。そして自分だけでなく、グループの女性たちにも教えます。機械が本格的に動き出したとき、扱える人は彼女たちしかいなかった、という流れです。
この部分は、大筋が史実です。NASAの公式の略歴でも、ドロシーはFORTRANの熟練プログラマーだったと紹介されています。独学で身につけて同僚に教えた、という記述も複数の資料にあります。
ただ、細かい部分は映画のとおりではありません。ドロシーは映画の時代より前からIBM 704のプログラミングをしていて、IBM 7090がラングレー最初のコンピュータだったわけでもありません。公立図書館で本を手に入れる印象的な場面も、実際にあったことなのかは確認できませんでした。
それでも、「機械が来てから慌てる」のではなく「来る前に学ぶ」という彼女の判断は、映画の創作ではありません。

(3)一番スカッとする場面は、作られたものだった
キャサリンが書類を抱え、離れた棟にある有色人種用のトイレまで走る。上司のアル・ハリソンが、そのトイレの看板をハンマーで叩き壊す。この映画で一番語られる場面です。
しかし、アル・ハリソンは架空の人物です。当時この部門を率いていたのはロバート・ギルルースでした。看板を壊す出来事もありません。キャサリン本人は、白人用のトイレをそのまま使っていたと語っています。トイレを探して苦労したのは、1953年のメアリー・ジャクソンのほうでした。ハリソンがキャサリンを管制室に入れる場面も創作です。
この脚色には批判があります。黒人女性の物語なのに、差別を終わらせる決定的な場面を白人の上司が担っている、という「白人の救世主」批判です。メルフィ監督はこの批判に反論していますが、私は批判にも理由があると感じます。

メアリーの法廷の場面も同じです。実際の彼女に裁判は必要なく、ハンプトン市に特別な許可を求めて認められています。
時期や時間にもずれがあります。研究所内の人種による分離は、NASAが発足した1958年に廃止されましたが、映画は1961年の話として描いています。また、キャサリンが計算を確かめる場面は打ち上げ直前のように描かれていますが、実際には数日の余裕がありました。
一方で、話の芯は事実です。ジョン・グレンは本当に、IBMの計算をキャサリンに確かめてほしいと頼んでいます。ドロシーがNASAの前身であるNACAで初の黒人管理職になったことも、メアリーがNASA初の黒人女性技術者になったことも、脚色ではありません。
原作者のシェタリーも、時系列を圧縮していることや、複数の人物を合わせた登場人物がいることを認めています。だから史実を知りたい人は、映画を入口にして原作まで読むのがいいと思います。
(4)「私たちのアポロ計画」と呼ばれそうになった映画
日本には、この映画の公開前に起きた騒動があります。当初の邦題は『ドリーム 私たちのアポロ計画』でした。
映画が描いているのは、アポロ計画ではなくマーキュリー計画です。SNSで批判が相次ぎ、配給の20世紀フォックスは2017年6月に題名を『ドリーム』へ変更しました。日本での公開は同年9月29日で、アメリカの公開から9か月ほどあとのことです。
原題は『Hidden Figures』です。「隠れた人たち」と「隠れた数字」、どちらにも読めます。個人的には、ここだけは原題の良さが邦題に残らなかったと思います。

(5)『ドリーム』はどこで観られるか
2026年11月現在、Disney+で配信されています。Amazon Prime Video、FOD、Apple TVではレンタルでも観られます。
この映画を観て学べること
いま「AIに仕事を奪われるかもしれない」と心配している人は多いと思います。1960年前後の計算手たちも、同じ問いの前にいました。
ドロシーがやったことはシンプルです。機械を止めようとせず、機械に指示を出す側の言葉を先に覚えました。そして、それを一人で抱えずに仲間へ教えました。
3人の学び方は少しずつ違います。ドロシーは新しい技術を先に学びました。メアリーは学ぶ場所そのものを市に交渉して手に入れました。キャサリンは会議に入れてほしいと粘り、聞ける場を自分で広げました。
学べば必ず報われる、という話にはしたくありません。実際のメアリーはのちに、女性の採用と昇進を支援する仕事に移るため、自ら降格を受け入れています。それでも、機会が来たときに動けるのは、準備をしていた人です。

この映画を観た後に読みたい本
変化の前に学びはじめることに関する書籍
『独学大全』読書猿
ドロシーのように、先生も教室もない状態で何かを学ぶ人のための本です。先日の記事で紹介したばかりですが、この映画を観たあとに読むと、また違って見えると思います。全部を読もうとすると挫折するので、困ったときに開く辞書として使うのが合っています。
『マインドセット「やればできる!」の研究』キャロル・S・ドゥエック
能力は変わらないと考える「硬直マインドセット」と、努力で伸ばせると考える「しなやかマインドセット」の違いを扱った本です。新しい技術が来たとき、「自分には無理だ」と思うか「覚えてみるか」と思うか。ドロシーの判断を、心理学の側から考えられます。
計算する人たちの歴史に関する書籍
『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』マーゴット・リー・シェタリー
映画の原作です。映画は3人に絞っていますが、原作はラングレーで働いた黒人女性の計算手たちの歴史を、より広く掘り起こしています。映画のどこが脚色なのかも、読めばわかります。映画で気になった人物がいたら、ここから読むのがおすすめです。
『イノベーターズ』ウォルター・アイザックソン
エイダ・ラブレスから始まるコンピュータとプログラミングの歴史を描いた本です。世界初期の電子式コンピュータENIACをプログラミングした6人の女性も登場します。ハードウェアを作ったのは男性で、プログラミングは単純作業と見なされて女性に任された。それが後になって、ハードウェアと同じくらい重要だとわかっていく。『ドリーム』と同じ構図が、別の場所でも起きていたことがわかります。
悪気のない差別を考える書籍
『差別はたいてい悪意のない人がする』キム・ジヘ
映画の中で、白人の上司ヴィヴィアンがドロシーに「私はあなたたちに何の偏見も持っていない」という趣旨のことを言う場面があります。ドロシーの返しは、ぜひ映画で確かめてください。この本は、まさにあの場面の本です。自分は差別などしていないと思っている人が、なぜ差別に加担してしまうのか。職場の話として読むと、少し居心地が悪くなります。
基本情報
原題:Hidden Figures
公開年:2016年(日本公開:2017年)
監督:セオドア・メルフィ
脚本:アリソン・シュローダー、セオドア・メルフィ
原作:マーゴット・リー・シェタリー『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』
制作:Fox 2000 Pictures、Chernin Entertainment、Levantine Films
配給:20世紀フォックス
上映時間:127分
受賞歴:第89回アカデミー賞 作品賞・助演女優賞・脚色賞ノミネート/全米映画俳優組合賞 キャスト賞
主なキャスト:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー、キルスティン・ダンスト、ジム・パーソンズ、マハーシャラ・アリ、グレン・パウエル
配信:Disney+(2026年11月現在)
まず、問題の解き方を覚えなさい。コンピュータを使うのは、それからです。
キャサリン・ジョンソン(AARP Bulletin 2018年のインタビューより)







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