トレーラー
レビュー
※この記事はストーリーの流れや重要な展開への言及を含みます。まっさらな状態で観たい方は、鑑賞後にお読みください。
ジャーナリスト志望の大学新卒が、なぜか一流ファッション誌の編集長アシスタントに採用される。ファッションに何の興味もないまま働き始めた彼女を待っていたのは、無茶な要求を平然と出す上司ミランダ・プリーストリーでした。
物語の骨格は、よくある職場もののように見えます。実際、公開当時は「ファッション業界のお仕事映画」として受け取られた面がありました。
ところがこの映画、20年近く経っても語られ続けています。理由は、途中でテーマが切り替わるからです。前半は理不尽な上司に振り回される新人の話。ところが中盤、アンディが仕事に本気になった瞬間から、話の重心が「厳しい環境で人はどう変わるのか」へと移っていきます。そして終盤には、変わった先で何を失うのかまで描かれます。
メリル・ストリープが演じるミランダは、怒鳴りません。声を荒らげる場面がほとんどないのに、画面が張り詰めます。無関心に近い低いトーンで「That’s all(もういいわ)」と言われる怖さは、実際に厳しい上司の下で働いた経験がある人ほど刺さるはずです。
ファッションに興味がなくても問題ありません。私も詳しくありませんが、それで置いていかれる作りにはなっていませんでした。仕事をしている人が観れば、どこかに自分の話が混ざっています。

映画の背景を読む
(1)ファッション映画に見せかけた、仕事の映画
原作はローレン・ワイズバーガーの同名小説です。著者自身が『ヴォーグ』編集長アナ・ウィンターのアシスタントを務めた経験を持っており、ミランダのモデルは彼女だと長く言われてきました。

映画の宣伝は華やかな衣装を前面に出したものでした。実際、劇中の衣装点数は膨大で、アカデミー賞衣装デザイン賞にもノミネートされています。
ただ、観終わったあとに残るのは服の記憶ではありません。「自分は今の仕事に本気で向き合っているか」という問いのほうです。この落差が、この映画が長く残っている理由だと思います。
(2)セルリアンブルーの演説が突きつけるもの
映画で最も有名な場面です。アンディが、編集部が真剣にベルトを選んでいるのを見て鼻で笑う。それに気づいたミランダが、アンディが着ている青いセーターについて語り出します。
その青は2002年にオスカー・デ・ラ・レンタが発表した色で、そこからいくつものデザイナーを経て、量販店に降りてきた。あなたはその服を「ファッションと関係なく」選んだつもりでいるが、その色はこの部屋にいる人間が決めたものだ、と。
言われている内容は、ファッションの話に限りません。自分が自由に選んだと思っているものが、実は誰かが作った選択肢の中から選ばされているだけかもしれない。この構造は、消費でも情報でもキャリアでも同じです。
自分は業界に興味がないから関係ない、という態度がいかに傲慢か。3分ほどの場面ですが、映画全体の転換点になっています。

(3)ミランダは悪魔なのか
タイトルには「悪魔」とあります。実際、ミランダの要求は理不尽です。発売前のハリー・ポッターの原稿を数時間で用意しろと命じ、できなければクビだと言い放ちます。
ただ、この映画はミランダを単純な悪役として描いていません。彼女が下す判断はほぼ常に正しく、業界での実績は本物です。部下に要求する水準は高いものの、自分にはそれ以上を課しています。
見どころは、アンディの見方が変化していく過程です。最初は理不尽の塊にしか見えなかった上司が、途中から「この人は何を見ているのか」という対象に変わる。観客の見方も一緒に動いていきます。
ただし、映画はミランダを肯定もしません。終盤、彼女がある選択をする場面があります。その冷徹さを見たとき、アンディが何を思うか。ここが物語の結論にあたる部分なので詳しくは書きませんが、この映画は「厳しい上司は正しい」という単純な話には着地しません。

(4)ナイジェルの一言が変えたもの
物語の転換にはもう1つ、ナイジェルとの会話があります。
アンディが「こんなに頑張っているのに認められない」と愚痴をこぼしたとき、ナイジェルはこう返します。「頑張ってなんかいない。文句を言ってるだけだ」。そして、ここは今世紀最高のアーティストたちの作品を世に出してきた場所だぞ、と続けます。
厳しい言葉ですが、その後のアンディの働き方が変わります。この場面が優れているのは、ナイジェルが「もっと頑張れ」と言っていない点です。彼が指摘したのは、アンディがこの仕事を心のどこかで軽く見ていたことでした。
自分が軽く見ている仕事で成果を出すのは難しい。当たり前のようですが、実際にやってしまいがちなことです。

(5)『プラダを着た悪魔』はどこで観られるか
Disney+、Amazon Prime Video、U-NEXTなどで配信されています(配信状況は変動しますので、最新の情報は各サービスでご確認ください)。DVD・Blu-rayも発売中です。
上映時間は109分と短めで、テンポも良いので、平日の夜でも観やすい作品です。
この映画を観て学べること
この映画から持ち帰れるものは、大きく2つあります。
1つは、仕事への向き合い方です。ナイジェルの「頑張ってるんじゃない、文句を言ってるだけだ」という指摘は、多くの人に心当たりがあるはずです。うまくいかない理由を環境や上司に求めているとき、実は自分がその仕事を軽く見ている。この構造に気づけるかどうかで、その後の何年かが変わってきます。
もう1つは、そのうえで訪れる選択です。アンディは仕事に本気になり、成果を出し、認められます。ところがその過程で、恋人や友人との関係が壊れていく。何かを本気でやると、別の何かが確実に削られます。
この映画が優れているのは、そのトレードオフをきれいに解決しないところです。「両立できます」とも「仕事を捨てて幸せになりました」とも言わない。アンディが最後に下す選択も、正解として提示されているわけではありません。
観る人の年齢や状況によって、受け取り方が変わる映画だと思います。20代で観たときと、管理職になってから観たときでは、たぶんミランダの見え方が違います。
この投稿をInstagramで見る
この映画を観た後に読みたい本
仕事への向き合い方を考える
『やり抜く力 GRIT』アンジェラ・ダックワース
才能より、情熱と粘り強さが人を遠くへ連れていく。心理学者アンジェラ・ダックワースが研究をまとめた一冊です。アンディが変わったのは、能力が上がったからではなく、その仕事に本気になったからでした。本書が扱う「情熱」は、燃え上がる熱意ではなく、同じ方向を向き続ける力を指します。ナイジェルの一言が刺さった方には、その先の話としておすすめします。
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』アンドリュー・S・グローブ
インテル元CEOが、管理職の仕事を定義した本です。ミランダの要求は理不尽に見えますが、彼女の判断が組織全体のアウトプットを動かしていることも事実です。本書を読むと、なぜ上に立つ人間が細部にこだわり、判断を急ぐのかが構造として見えてきます。ミランダを「怖い上司」以上のものとして理解したい方に。
働き方の選択と向き合う
『エッセンシャル思考』グレッグ・マキューン
より少なく、しかしより良く。本当に重要なことだけに時間を注ぐ技術を説いた本です。アンディが失ったものは、時間の使い方を選び直さなかった結果でもあります。何かを取れば何かを失う。この映画が突きつけたトレードオフを、実際にどう扱うか。その具体的な方法が書かれています。
『自分の時間を取り戻そう』ちきりん
忙しさに追われる4人の登場人物を通して、時間が何に奪われているかを解きほぐしていく本です。仕事に本気になることと、生活のすべてを差し出すことは同じではありません。その線をどこに引くかを考えたい方に向いています。読みやすく、1日あれば読み終えられます。
自分の適性を知る
『さあ、才能に目覚めよう』トム・ラス
付属のコードでオンライン診断を受け、自分の上位資質を知る本です。アンディがファッション業界で成果を出せたのは、彼女に元々あった別の強みが効いたからでした。今の環境が合わないと感じているとき、それが自分の問題なのか環境との相性なのか。判断するための材料になります。中古で買うとコードが使用済みのことがあるので、新品での購入をおすすめします。
基本情報
原題:The Devil Wears Prada
公開年:2006年(日本公開:2006年11月)
監督:デヴィッド・フランケル(David Frankel)
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
原作:ローレン・ワイズバーガー『プラダを着た悪魔』(早川書房)
上映時間:109分
制作:20世紀フォックス
受賞歴:アカデミー賞2部門ノミネート(主演女優賞・衣装デザイン賞)、ゴールデングローブ賞3部門ノミネート
主なキャスト:メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ
配信:Disney+、Amazon Prime Video、U-NEXT 他
あなたの時間は限られている。だから、他人の人生を生きて無駄にしてはいけない。
スティーブ・ジョブズ(2005年6月 スタンフォード大学卒業式スピーチ)











コメント