トレーラー紹介
レビュー
*原則ネタバレを含まないようにレビューしていますが、ストーリーの流れや一部分の内容、撮影手法などへの言及を含むことがありますので、情報を入れずに観たいという方は、鑑賞後にお読みください。
*この映画は「R18+」指定です。
昔からこの作品はいろんな人に勧められることが多かったのですが、パッケージの奇妙さからずっと避けてきました。R指定が付いているだけに刺激はありますが、目を覆うほどの怖さはありません。(ただし、暴力や性的描写は露骨ですので、そもそもそのような映画が嫌いな方にはお勧めしません。)なお、この映画は暴力的や性的表現が多く社会風刺作品にもかかわらず、映画の製作費220万ドルに対しアメリカでの興行収入は2600万ドルにも上っています。
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さて、この映画は近未来のロンドンが舞台。15歳の少年アレックスを中心とした不良グループ(ドルーグ)は、暴行や強盗を繰り返す。仲間の裏切りでアレックスは14年の懲役となり刑務所へ入れられるのだが、更生のためのルドヴィコ療法の被験者となることと引き換えに刑期短縮の機会を得る。しかし、このルドヴィコ療法を受けたアレックスを待ち受けていたものは、彼にとって非常に過酷なものだった・・・。
初めは変な言葉が使われ、暴力性的なシーンが多いため、どんなストーリーなのかつかめない時間が続きますが、アレックスが刑務所に入るくらいから段々と映画の全体像がつかめてきます。後半はストーリーにのめり込むように入れます。
最後アレックスはどういう結末を迎えるのか。元の暴力的な姿に戻るのか、ルドヴィコ治療されたままなのか。結末を巡ってはイギリスで出版された原作と違う形で映画化されたようですが、個人的にはこの結末でスッキリしています。
映画の背景を読む
(1)この映画の原作は?
アンソニー・バージェスが1962年に発表した同名の小説を原作としています。アンソニー・バージェスはイギリスの小説家です。
(2)ナッドサット言葉とは?
少年4人組ドルーグが使っていた人工言葉。人工言語とは、個人や団体などによって語彙や文法が人為的に作られた言語のこと。民族や国家などにより「自然」に運用されてきた言葉を自然言語と言います。
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サッドナットはロシア語の影響を受けた英語を基礎としています。だからよく聞けばなんとなく推測できる言葉もあれば、劇が進めば段々分かってくる言葉もあります。以下にいくつかご紹介。
サッドナット
仲間、友達
トルチョック
殴る
ボルシー
大きい・偉い・すごい
アピ・ポリ・ロジー
ごめんなさい
ビディー
見る
ホラーショー
最高
デボチカ
女の子
ボルシャイ
男の子
(3)タイトル「時計じかけのオレンジ」の意味とは?
マレーシアの言葉で「オラン」とは「人間」のことを言います。サッドナットでも「オレンジ」のことを「人間」と表します。映画でオレンジという言葉は出てきませんが、原作の小説ではオレンジを使った場面が登場します。
つまり、このタイトルは「まるで中身が機械でできている人間」とも訳すことができ、ルドヴィコ療法により暴力や性行為に生理的拒絶反応を起こすようになったアレックスのこと、さらに原題が “A” Clockwork Orangeであることを考えると、アレックスは一例に過ぎず、全体主義社会への警鐘とも受け取ることができます。
「時計じかけのオレンジ」は、自由と全体主義のジレンマを描いた作品とも言えます。治療の効果を証明するため、政府高官や関係者の前でのデモストレーションの場で牧師が言った言葉がとても印象的です。
「非行は防げても道徳的選択の自由を奪われた生き物に過ぎない」
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ちなみにこの映画は、2020年、アメリカ議会図書館によって「文化的、歴史的、美学的に重要」とみなされ、アメリカ国立フィルム登録簿に保存されています。
(4)映画で使われている音楽は?
クラシック好きのアレックスに合わせた選曲がされており、この映画で特に印象深いのは「ベートーベン第9番」と「雨に唄えば」です。「雨に唄えば」は、マルコム・マクダウェルが空で歌える唯一の曲だったため採用されたようです。
交響曲第9番ニ短調 Op.125《合唱》第二章 (作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)
『雨に唄えば』 (作曲:ナシオ・ハーブ・ブラウン)
『泥棒かささぎ』序曲 (作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ)
『ウィリアム・テル』序曲 (作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ)
『威風堂々』 (作曲:エドワード・エルガー)
『メアリー女王の葬送音楽』 (作曲:ヘンリー・パーセル)
『太陽への序曲』 (作曲:テリー・タッカー)
『灯台守と結婚したい』 (作曲:エリカ・エイゲン)
(5)お勧めのスタンリー・キューブリック作品は?
1968年公開の「2001年宇宙の旅」もお勧めです。タイトルは2001年ですが、この映画が作られたのが1960年代だということを意識して見ると感銘を受けます。
この映画を観て学べること
この映画は、人間の自由意志と社会統制のバランスについて、今日でも重要な議論を呼び起こす普遍的なテーマを扱っています。
暴力的な主人公アレックスが政府の洗脳的な「治療」を受けることで、善悪を選択する自由意志を奪われる過程を描き、たとえ悪を選ぶ可能性があっても、選択の自由こそが人間の尊厳の核心であることを示しています。
また、国家や権威が個人の心を操作し、都合の良い市民を作り出そうとする試みの恐ろしさを警告しています。完全に「善良」な人間を人為的に作ることの非人間性を浮き彫りにします。個人の暴力と制度的な暴力の両方を描くことで、暴力の根源や社会における暴力の循環について考察を促します。
さらに、真の道徳性とは、悪を選ぶことができる状況で善を選ぶことにあり、選択肢のない「善」は本物の善ではないという哲学的問題を提起しています。
この映画を観た後に読みたい本
スタンリー・キューブリックに関する書籍
『映画監督 スタンリー・キューブリック』(ヴィンセント・ロブロット著)は、決定版評伝として、キューブリックの伝説にみちた生涯と映画術を明らかにする書籍です。「時計じかけのオレンジ」を含む全作品の制作背景や監督の思想を詳しく解説しています。
原作小説に関する書籍
『時計じかけのオレンジ 完全版』(アンソニー・バージェス著)では、映画では描かれなかった原作の完全版を読むことで、作品の本質的なテーマをより深く理解できます。
自由意志・哲学に関する書籍
『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』(木島泰三著)では、人間は遺伝子に操られているのか?宇宙開闢の時点で、その後の出来事は一通りに決まっていたか?運命はあるのか?人間と機械は何が違うのか?といった問いを、デモクリトスからスピノザ、デネットまでの哲学史を通して考察します。
『哲学がわかる 自由意志』(トーマス・ピンク著)自由に選べるからこそ責任が生じる。意志の自由は道徳のたいせつな根拠だ。だが、現代科学は、意志の自由も原因と結果の必然的連鎖として説明し尽くせるという問題を分かりやすく解説しています。
『現代哲学のキーコンセプト 自由意志』(ジョセフ・K・キャンベル著)では、自由意志に対する懐疑論にどう応答できるか?現代自由論・責任論の錯綜した論争状況を網羅的に整理する専門書です。
監視社会・国家権力に関する書籍
『パンデミック監視社会』(デイヴィッド・ライアン著)は、監視社会の本質と現代的展開について包括的に論じた古典的名著です。
『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐・高口康太著)では、現代の監視国家の実態を具体的に分析し、「時計じかけのオレンジ」で描かれた国家統制の現実版を理解できます。
基本情報
原題:A Clockwork Orange
ジャンル:SF
公開:1971年(アメリカ)1972年(日本)
時間:2時間17分
監督:スタンリー・キューブリック
出演:マルコム・マクダウェル
善は選択することで善となる。人間が選択できなくなった時、その人間は人間ではなくなる。
刑務所の牧師(ゴッドフリー・クイグリー)
『時計じかけのオレンジ』より
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