トレーラー紹介
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映画会社ビターズ・エンド公式
2023年公開の日独合作映画『PERFECT DAYS』は、「パリ、テキサス」「ベルリン天使の詩」で知られるヴィム・ヴェンダース監督が、渋谷区の公共トイレの清掃員・平山の日常を淡々と、しかし美しく描いた作品です。第76回カンヌ国際映画祭で主演の役所広司が最優秀男優賞を受賞。第96回アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた、世界が注目した日本映画です。
現在、Amazon Prime Videoなどで視聴できます(2026年4月現在)。
レビュー
※この記事は映画の演出や印象的なシーンへの言及を含みます。まっさらな状態で観たい方は、鑑賞後にお読みください。
「なぜ、この人はこんなに幸せそうなのだろう」
観始めてすぐ、そう感じました。主人公の平山は、渋谷の公共トイレを清掃する仕事をしています。高収入ではないかもしれない。広い家に住んでいるわけでもない。派手な人間関係もない。それでも彼の毎朝は、どこか充実して見えます。
目が覚める。布団をたたむ。玄関先で空を見上げる。缶コーヒーを買う。カセットテープをデッキに入れ、音楽を流しながらバンで出勤する。トイレを磨く。昼休みにサンドウィッチを食べながら、木漏れ日をフィルムカメラで撮る。仕事を終え、銭湯に行き、馴染みの居酒屋で一杯飲む。古本屋で文庫本を一冊買い、帰宅して読みながら眠りにつく。翌朝、また同じように目が覚める。
ほとんど台詞のないこのルーティンが延々と続くのに、まったく退屈しない。それどころか、観ているうちにじわじわと「自分の日常を、もっと大切にしたい」という気持ちが湧いてきます。
本作が問いかけるのは、「幸せとは何か」ではなく、「今日という一日を、どう受け取るか」という問いです。平山は周囲の誰かと自分を比べません。昨日より豊かになろうとも、今より良い場所へ移ろうともしない。ただ、今日の光を見る。今日の音楽を聴く。今日の本を読む。それだけを丁寧に繰り返す。
映画の後半、姪のニコが「幸せ?」と平山に尋ねるシーンがあります。平山はしばらく黙ってから、静かに「いまはいま。こんどはこんど」と答えます。それ以上でも以下でもない、この一言が映画全体のテーマを凝縮しています。
コミュニケーションや自己成長をテーマとする当サイトにとっても、「比較しないこと」「いまここに集中すること」は、すべての学びの土台となる姿勢です。何かを学んで行動を変えたいなら、まず「今日をどう受け取るか」という視点を持つことが出発点になる——そんなことを、この映画は静かに、確実に伝えてくれます。

映画の背景を読む
(1)なぜヴィム・ヴェンダースが「東京のトイレ」を選んだのか
本作の出発点は、渋谷区が2020年から推進した「THE TOKYO TOILET」プロジェクトです。安藤忠雄、隈研吾、坂茂など国内外の著名建築家・デザイナー17人が渋谷区内の公共トイレ17か所をリデザインしたこのプロジェクトに、ヴィム・ヴェンダースが映像作品の制作を依頼されたことが本作の始まりでした。
もともと日本文化への造詣が深く、「東京画」(1985年)など日本をテーマにしたドキュメンタリーも手がけていたヴェンダース。「トイレを清掃する人という仕事は、他者の見えないところで社会を支える仕事だ。そのなかに、現代が忘れかけているものがある」という思いが、この映画の核心となっています。
公共のトイレを清潔に保つという行為の中に、見返りを求めない丁寧さと誠実さを見出したヴェンダースのまなざしが、映画全体に静かに流れています。

(2)役所広司の「何もしない」演技の凄み
主演の役所広司がカンヌ最優秀男優賞を受賞したことは、この映画の演技の質を物語っています。しかし特筆すべきは、平山という人物が映画を通じてほとんど「何もしない」ことです。
怒らない。嘆かない。過去を語らない。自分を説明しない。それでも役所広司の存在感は圧倒的で、観ている者は平山という人間の「内側」を自然と想像し始めます。親との関係は?なぜこの仕事を選んだのか?かつてどんな暮らしをしていたのか?
台詞で説明せず、表情と動作と沈黙だけで人物を立体的に見せる演技は、「言わないことの豊かさ」を体現しています。人との関係においても、すべてを言葉にしなくても伝わるものがある。そのことを役所広司は全身で示しています。
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(3)カセットテープが語るもの——音楽と記憶と「いま」
平山の朝の始まりには、必ずカセットテープがあります。ルー・リード、キンクス、ヴァン・モリソン、パティ・スミス、ニーナ・シモン……1970〜80年代の音楽が、古いカセットデッキから流れ続けます。
デジタル配信全盛の現代に、なぜカセットテープなのか。それは「今この曲をかける」という能動的な選択と行為が、音楽との関係をより豊かにするからではないでしょうか。プレイリストをシャッフルするのではなく、自分の手でテープを選び、巻き戻し、再生する。その一手間が、音楽を「ながら消費」ではなく「今日の体験」にします。
また、カセットテープは「過去の自分が選んだもの」でもあります。平山がどんな人生を歩んできたかを、テープの曲名が静かに語りかけてきます。過去を引きずるのではなく、過去から選び取ったものを今日に生かす——そのバランスが、平山という人間の深みをつくっています。

(4)「こんどはこんど。いまはいま。」という哲学
映画の中で最も印象的な台詞のひとつが、平山が姪のニコに語るこの言葉です。
これは禅の「只管打坐(しかんたざ)」——ただひたすらに今を生きる、という概念と深く共鳴しています。「今日より良い明日」のために今日を犠牲にするのではなく、「今日という一日」をそれ自体として完結させる生き方。
比較と競争が加速する現代において、この言葉はひとつの対抗軸を示しています。SNSで他者の生活と自分を比べ、「もっと、もっと」と追い求める生き方ではなく、今日の木漏れ日を美しいと感じ、今日の一杯のコーヒーをおいしいと味わう生き方。それは諦めや逃避ではなく、むしろ高い意識と集中力を要する生き方です。
「いまはいま」と言えるためには、今ここにいる自分を信頼できなければならない。平山の静けさは、その信頼の深さから来ているのだと感じます。

(5)『PERFECT DAYS』はどこで観れる?
劇場公開は2023年12月22日。現在はAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスで視聴できます(2026年4月現在)。
この映画を観て学べること
この映画が静かに、しかし確実に伝えてくれることがあります。それは「幸せは、外から手に入れるものではなく、今日をどう受け取るかで決まる」ということです。
平山の生活に、劇的な出来事はほとんどありません。それでも彼の一日には、無数の「小さな豊かさ」が詰まっています。木漏れ日の美しさ。馴染みの音楽。清潔になったトイレ。一冊の文庫本。これらはどれも、手に入れるために競争する必要のないものです。「見つける力」さえあれば、誰の日常にも存在しているものです。
コミュニケーションの観点からも、本作は深い示唆を与えてくれます。平山はほとんど自分について語りません。それでも、彼と関わった人たちは自然と彼に惹かれていきます。言葉の量ではなく、存在の質が人を引きつける——そのことを、平山という人物は体現しています。
「比較しないこと」「今日に集中すること」「丁寧であること」。これらはすべて、学んで行動を変えるための、もっとも根本的な土台です。当サイトが大切にしている「学びを行動に変える」というテーマも、まずここから始まると感じさせてくれる一本です。

この映画を観た後に読みたい本
「今この瞬間」を生きることに関する書籍
『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン
人間の平均寿命は約4000週間。この「有限性」を正面から受け止めることが、かえって豊かな生き方につながると説くのが本書です。英国の著名ジャーナリストである著者は、「生産性を上げて何でもこなそうとする強迫観念」が、いかに私たちを「今ここ」から引き離しているかを、哲学・心理学・歴史の視点から解き明かします。
『PERFECT DAYS』の平山が示す「こんどはこんど、いまはいま」という生き方は、本書の核心と完全に一致しています。平山は何かを先送りにしません。今日の仕事を今日する。今日の音楽を今日聴く。その積み重ねが「充実した一日」を作ります。
「すべてをこなすことは不可能だ」という事実を受け入れたとき、初めて「何を今日やるべきか」が見えてくる——この逆説を体感できる一冊です。映画と合わせて読むと、「平山のような時間の使い方」への解像度が格段に上がります。
『清貧の思想』中野孝次
1992年に刊行され、バブル経済崩壊直後の日本で100万部を超えるベストセラーとなった本書は、日本古来の「清く貧しく美しく生きる」という美意識と哲学を、兼好法師・松尾芭蕉・良寛らの生き方を通じて現代に問い直した名著です。
平山の生き方——小さなアパートに暮らし、少ないもので豊かに生きる姿——は、まさに日本の「清貧」の精神そのものです。著者は「清貧」を貧しさへの諦念ではなく、「余計なものを持たないことで、本当に大切なものが見えてくる」という積極的な選択として描きます。
豊かさとは何か、幸せとは何かを問い直したいとき、この本は現代の価値観をいったん括弧に入れて考える視点を与えてくれます。映画を観た後に手に取ると、平山という人物がより深く、より日本的な文脈の中で見えてきます。
丁寧でシンプルな生き方に関する書籍
『ゆっくり、いそげ カフェからはじめる人を手段化しない経済』影山知明
東京・西国分寺でカフェ「クルミドコーヒー」を営む著者が、「急がないこと」「人を手段にしないこと」をビジネスと日常の中で実践するとはどういうことかを綴った一冊です。
平山が毎日の仕事を丁寧に行う姿は、「効率」や「生産性」とは無縁に見えます。しかしその丁寧さが、出会う人々に豊かさを与えています。本書が描く「ゆっくり」の哲学は、平山の生き方と深く共鳴しています。「ゆっくりすることが、人にも社会にも良い結果をもたらす」という実証的な視点は、「速く、もっと」を問い直すきっかけになります。
小さなカフェの物語でありながら、現代の働き方・生き方全体への問いかけを含んだ、静かなパワーを持つ本です。
哲学・日本の美意識に関する書
『人生の短さについて』セネカ
約2000年前に書かれたローマの哲学者セネカの小論が、なぜ今も読まれ続けるのか。それは「時間をどう使うか」という問いが、人類の普遍的なテーマだからです。「人生は短いのではなく、無駄にされているのだ」というセネカの言葉は、『PERFECT DAYS』の平山が実践していることの哲学的な根拠を与えてくれます。
映画の中で平山は一秒も無駄にしていないように見えます。娯楽や刺激で時間を埋めるのではなく、仕事・音楽・読書・入浴という基本的な行為を丁寧に行うことで、一日を完結させています。セネカはこれを「本当に生きた時間」と呼ぶでしょう。
岩波文庫版は薄く、数時間で読み終えられます。読了後に映画を見直すと、平山の日常が持つ意味が、より深く染み込んでくるはずです。
『暇と退屈の倫理学』國分功一郎
「退屈とは何か」を哲学的に問い続けた気鋭の哲学者・國分功一郎による現代の名著です。人はなぜ退屈を恐れ、常に何かで時間を埋めようとするのか。そして「暇を持つこと」は本当に悪いことなのか。ニーチェ、ハイデガー、マルクスなどの哲学を縦横に参照しながら、現代社会における「消費と退屈の悪循環」を鋭く分析します。
『PERFECT DAYS』の平山は、一見「退屈な日常」を送っているように見えます。しかしそれは「暇を暇として引き受けた人間の豊かさ」だと、この本は教えてくれます。刺激や消費で退屈を紛らわせるのではなく、退屈のただ中に「何かを感じる力」を育てること——そのことが人を本当に豊かにするという主張は、映画のメッセージと見事に重なります。
哲学書ですが文体は平易で読みやすく、思想の入門書としても優れています。映画を観た後に読むと、「なぜ平山の日常はこれほど豊かに見えるのか」の答えが、哲学の言葉で明快に得られます。
基本情報
原題:PERFECT DAYS
公開年:2023年(日本公開:2023年12月22日)
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
制作:柳井康二
制作会社:Master Mind / Wenders Images(日独合作)
配給:ビターズ・エンド
上映時間:124分
受賞歴:第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞(役所広司)、第96回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート
主なキャスト:役所広司(平山)、柄本時生(タカシ)、中野有紗(ニコ)、石川さゆり、田中泯、三浦友和
配信:Amazon Prime Videoなど
「こんどはこんど。いまはいま。」
平山の言葉(映画『PERFECT DAYS』より)
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