トレーラー紹介
レビュー
*原則ネタバレを含まないようにレビューしていますが、ストーリーの流れや一部分の内容、撮影手法などへの言及を含むことがありますので、情報を入れずに観たいという方は、鑑賞後にお読みください。
愛人の子(生後6ヶ月)を誘拐し、3年半身を隠しながらその子どもを育て続けた女、野々宮希和子(永作博美)。誘拐された少女の成長後、秋山恵理菜(井上真央)が並行して描かれる。
これがニュースの一コマであれば、誘拐犯は極悪人であり、警察早く捕まえろよ、と思うのですが、なぜか捕まってほしくないという気持ちにさせられる。それは、他人の子であるにも関わらず、この子とずっと居られさえすればそれだけでいい、という希和子の薫(恵理菜)に対する愛情があるからに他ならない。薫も希和子のことをママと呼び、当然希和子を本当の母親と思って慕う。この関係を壊してしまうことが、たった3歳の子の将来をも壊してしまうのでは?と不安になる。
一方で、4歳から秋山恵理菜として生きてきた大学生の恵理菜が描かれ、恵理菜が自分のルーツを辿っていくことで、希和子との思い出が蘇っていく。
誘拐犯には捕まってほしくない気持ちになると前述したが、子を持つ親、特に子を産んだことのある母親からすれば、そんな気持ちには微塵もならないかもしれない。我が子が誘拐されたら?4歳まで違う人に育てられたら?と考えるだけでも気分が悪くなる。
この物語で結局誰が悪いのかという議論で片付けるのは本質からズレていて、こういう人生を歩み歩まされた登場人物それぞれの心情を考察することが学びになる。いろんなものを見ようね、という希和子の薫に向けた言葉は、私たちこの映画を観る側にも向けられた言葉ではないだろうか?
犯罪であることと子どもへの愛情を同じ土俵に乗せて描かれたこの作品にあなたは何を感じるでしょうか?
映画の背景を読む
(1)地上に出たセミは1週間で必ず死ぬのか?
セミは捕食者などに襲われなければ、3週間から1ヶ月も生きることが研究結果に出ています。しかし、セミは「地上で1週間の寿命である」という通説が広まったのは、セミを虫かごの中で飼育するとき、セミの餌の樹液を吸う環境を作りにくいことからとも言われています。ちなみに、セミが土の中で過ごす期間は、アブラゼミで2〜5年、クマゼミは4〜5年とされています。
(2)希和子がトイレで髪を切るシーンで流れる挿入歌は何?
John Mayer(ジョン・メイヤー)の ” Daughters ” (2004年)です。
Daughtersに次の歌詞があります。
Girls become lovers who turn into mothers
So mothers, be good to your daughters too
いつかその少女も誰かを愛し、母親になる
母親は同じように娘を大事にするよ
この曲はジョン・メイヤーの元カノのことを歌ったものですが、娘にとっての親の存在の大きさや家族の大切さを考えさせられます。その子のために、何をしてあげられるだろう?希和子の心情も聞こえてきそうです。
(3)エンジェルホームは実在した?
95年のオウム真理教によるサリン事件が言及されていますが、エンジェルホームなるものはありません。しかし、当時は数多くの新興宗教があったようで、その中のヤマギシ会をモデルにしたのではないか?とも言われています。
(4)エンジェルホームの後、希和子が船で辿り着いた島はどこ?
香川県の小豆島です。寺院や伝統芸能、棚田の美しい光景を見ると、一度訪れてみたくなります。
(5)小豆島で行われている「虫送り」とは何か?
虫送りとは、約300年前から伝わる中山地区の伝統行事です。豊作を願い、火手(ほて)と呼ばれる竹の松明(たいまつ)を田にかざしながら「とーもせ、灯せ」言いながら歩きます。しばらく虫送りは途絶えていましたが、この映画で「虫送り」が行われたことをきっかけに復活しました。
この映画を観て学べること
この映画は、家族の絆や愛情について既存の価値観を問い直し、人間関係の複雑さと深さについて深く考えさせてくれる重要な作品です。
愛が時として破壊的な行為を引き起こすこと、そして純粋な愛情と犯罪行為が共存し得るという人間の矛盾を浮き彫りにしています。希和子の行為は明らかに犯罪でありながら、その動機や愛情を理解することで、単純な善悪の判断を超えた人間の複雑さを示しています。
また、母性愛と複雑な人間関係を通して、過去との向き合い方や社会の偏見と孤独、時間の癒しと記憶の重みを映し出しています。
この映画を観た後に読みたい本
原作と関連作品
映画では描ききれなかった心理描写や細かな設定が理解できます。また、角田光代さんの他の作品『対岸の彼女』や『紙の月』なども、女性の心理や社会との関わりを深く掘り下げており参考になります。
母性愛・親子関係に関する書籍
『母という病』(岡田尊司著)では、母性愛の光と影について心理学的な観点から分析されています。
犯罪心理学・人間心理に関する書籍
『平気でうそをつく人たち』(M・スコット・ペック著)や『犯罪心理学入門』(福島章著)では、人間の複雑な心理メカニズムについて理解を深められます。
女性と社会に関する書籍
『女性の品格』(坂東眞理子著)や『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)では、女性が社会で直面する困難や偏見について描かれており、希和子の置かれた状況をより深く理解できます。
トラウマと回復に関する書籍
『心的外傷と回復』(ジュディス・ハーマン著)では、幼少期の体験が人格形成に与える影響について専門的に解説されており、恵理菜の心理を理解する助けになります。
日本の家族制度と社会に関する書籍
『家族という病』(下重暁子著)や『「家族」難民』(山田昌弘著)では、現代日本の家族観や社会制度の問題点について分析されており、映画の社会的背景を理解するのに役立ちます。
記憶と時間に関する書籍
『失われた時を求めて』(プルースト著)のような文学作品や、『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』(ジョシュア・フォア著)では、記憶の持つ力や時間の流れが人間に与える影響について深く考察されています。
基本情報
ジャンル:サスペンス、ドラマ
公開:2011年
時間:2時間28分
監督:成島出
出演:井上真央、永作博美、小池栄子
受賞歴:第35回日本アカデミー賞(2012年)
興行収入:12.4億円
八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと思うよ。
安藤千草(小池栄子)
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